フレディ・ヘッド調教師とゴルディコヴァ、伝説入り
フレディ・ヘッド(Freddy Head)調教師は10月25日土曜日、ブリーダーズカップの歴史において伝説入りを果たした。ヘッド調教師は閉鎖的な競馬サークルにおいて、初めて騎手としも調教師としてもブリーダーズ・マイルを制した競馬人となった。
ヘッド調教師はBCマイルを2度制した。騎手としてニアルコス家(Niarchos)所有でフランソワ・ブータン(François Boutin)調教師が管理していたチャンピオン牝馬ミエスク(Miesque)で制し、その20年後、天気のよいこの土曜日、調教師としてオリヴィエ・ペリエ(Olivier Peslier)騎手が素晴らしく騎乗したゴルディコヴァ(Goldikova 3歳)で制したのだ。
ヘッド調教師は夢を実現させたことになる。ヘッド調教師は非常に集中し我慢強く、マイル競走を狙うことにした。2008年は彼にとっては全く例外的な年であった。管理馬ゴルディコヴァは、ムーラン・ド・ロンシャン賞に出走し様子を窺われた後、BCマイルで新たに牡馬と古馬に挑んだ。彼女にとって初めての海外遠征であったものの、サンタアニタ競馬場はヴェルテメール兄弟(Wertheimer)の勝負服に微笑んだ。実際ヴェルテメールの勝負服は、同じ競馬場でコタシャーン(Kotashaan)とハーフブライドルド(Halfbridled)で2つのBCの勝利をものにしている。しかし、この2頭は米国で調教されていた。
フレディ・ヘッド調教師は、4月3日の早めのシーズン開始からゴルディコヴァを自身の芸術の頂点に引き上げるべく念入りに準備していた。しかし、アナバア(Anabaa)の娘は円熟した勝利を見せ、実力どおりの強さを見せていた。それに、オリヴィエ・ペリエ騎手は一切危険をおかさず、発馬機を出た後内ラチに沿ってプレシャスキッテン(Precious Kitten)[訳注:ソーンソング(Thorn Song)の間違いかと思われます]の後を追い掛ける位置を取った。その後、ペリエ騎手は最後の直線に入りゴルディコヴァがすぐに飛び出せるように、この戦略的なポジションを失わぬよう注意した。同馬は突進し、素晴らしい加速を見せた。ペリエ騎手はキップデヴィル(Kip Deville)がそのまま行こうとしているところを、ゴルディコヴァを安全圏に入れ素晴らしい最後を飾り、タイトルを手に入れた。
ゴルディコヴァはコースを1分33秒99という程よいスピードで一周した。これは同じくヴェルテメール兄弟の所有馬アティカス(Atticus)が確立した記録よりも2秒遅い。ペリエ騎手は、7年前にファーブル(Andre Fabre)調教師の管理していた牝馬バンクスヒル(Banks Hill)でBCフィリー&メアを制してから2度目のBC勝利を果たした。同騎手は、すでに自身のスケジュールに記されているように、2009年4歳のシーズンも現役を続けることが計画されているゴルディコヴァと新たにサンタアニタ競馬場を走り3つ目の優勝を期待している。
フレディ・ヘッド調教師は現在のところ、今シーズンG1競走を10勝したことになる。マルシャンドール(Marchand d'Or)が香港のスプリントに出走することが計画されているため、この記録はまだ終わったわけではない。「達成するのに苦労はしましたが、私はそれでも甘やかされた者であると言えるでしょう」と謙虚に語ったヘッド調教師は未だかつてない喜びを噛み締めているだろう。そのことは良く理解できる。
By Francois Hallopé
[Paris Turf 2008年10月25日「Freddy Head et Goldikova dans la légende」]
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