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2008年11月

フランスギャロの経営陣はどうなるのか?

 フランスギャロ内部では、数ヵ月前より雲行きが怪しくなっていた。匿名の手紙、労働組合の意見表明、ほぼ決定しているティエリー・ドゥレーグ(Thierry Delègue)氏の辞任が、フランスギャロという小世界でこのところ語られて来た話題である。

 エドゥアール・ド・ロッチルド(Edouard de Rothschild)会長は、沈黙を破り、先週中頃に配布された3枚からなる匿名の手紙を問題として取り上げた。

 ルイ・ロマネ(Louis Romanet)氏の後継者就任が難航したことが知られているフランスギャロ内部にとって2008年は記念すべき年ではないだろう。ロマネ氏と6ヵ月に渡る引き継ぎをしたにもかかわらず、エマニュエル・ブール=ポワトリナル(Emmanuelle Bour-Poitrinal)氏は今年の6月にその職を投げだした。ロッチルド会長からも関係者からも全く辞任の深い理由についての説明はなく、以前国立種馬場事務総長であったブール=ポワトリナル氏は、短期間をもって組織を離れた。「連合体制の型にはまることの難しさ」が非難する人々の間では囁かれており、競馬界の特性に通じていなかったブール=ポワトリナル氏にとっては明らかなことであった。それに対して、ブール=ポワトリナル氏と学生時代から一緒に昇進して来たドゥレーグ氏は、競馬界のことはよく知っており、適所にいた。

 初めブール=ポワトリナル氏に気に入られてなかったドゥレーグ氏は、初夏に経営陣の仕切り直しが行われたとき、解任されることはなかった。その時には事務総長の役職は、すでに2007年にロマネ氏の後継者選びの際に意向を打診されていたものの、当時自由の身でなかったユベール・モンザ(Hubert Monzat)氏に巡って来た。それゆえ、フランスギャロの上層部は、主意主義のロッチルド会長、政治に熟練したモンザ事務総長および技術を完全に通じているドゥレーグ事務総長補佐でバランスがとれると思われていた。 しかし、ロッチルド会長とドゥレーグ事務総長補佐 の信頼関係は、凱旋門賞開催の日曜日にアベイ・ド・ロンシャン賞で生じた発馬機の問題が起爆剤となり、危機的状況が生じ、失墜した。

 現在、ドゥレーグ氏は11月24日付けの辞表をフランスギャロの取締役会に提出して辞任するところである。この協力体制の終了が示談で交渉されるか、労働委員が関わるかは今後わかるだろう。両者間では現在のところ明らかに金銭問題についての段階には至っていない。

 そのような状態の中で匿名の手紙が動揺、いらだちおよび冷笑を引き起こした。このパンフレットはロッチルド会長を名指しにし、同会長がPMU会長ベルトラン・ベランギエ(Bertrand Bélinguier )氏との間で持つであろう深刻な衝突、同会長がドミニク・ド・ベレーグ(Dominique de Bellaigue)氏と繋駕競走を軽視していることを考察し、経営手法を非難し同会長を動揺させることを狙いとしている。火に油が注がれ、手紙はロッチルド会長が地方の競馬場50場あまりをリストから消すことを望んでいるという噂についても言及している。

By Francois Hallopé
[Paris Turf 2008年11月21日「Quelle direction pour France Galop ?」]


Ederothschild

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イタリア人調教師がフランスに移住

 10月8日からイタリアでは競馬が行われていない。すべてが膠着状態である。競馬関係者たちは、準備をし始め、他の新天地とりわけフランスで調教事業をすることを模索している。平地競走のファビオ・ブロージ(Fabio Brogi)調教師の場合もそうである。同調教師は間もなく、リヨン地方で調教事業を始めるだろう。

 ブロージ調教師の近いうちにローマを離れリヨン地方シャゼー=シュル=アンに事業を移すという決定は、非常に強い警告である。イタリアの平地競走、より一般的に言えばイタリア半島の競馬全体は、重大な危機を経験している。10月8日以降、繋駕競走においても平地競走においても全くレースが行われていないのだ。ファビオ・ブロージ調教師は、「賞金額が最後に下げられてから、イタリアでは取るに足りない金額のためにしか競馬を行うことができません。一方フランスではあらゆるところで良いレースが行われています。私たちのところでは、小さい家族経営の厩舎のために調教を行うか、あちこちのレースで少しずつ賞金を稼ぐしかチャンスがなにのです。私はその方法で働く気がしませんし、私の父は私に他のことを教えてくれました」と語った。

 この半世紀においてイタリアで最も偉大な調教師の1人であった故ロレンツォ・ブロージ(Lorenzo Brogi)調教師の息子であるファビオ・ブロージ調教師は、この決定をすることをためらった様子であった。「イタリアの危機と、来る未来を念頭にいれ、私はよく考慮しました。私は良い料理人でもありますが、47歳で転職するのは遅すぎます。私は人生において、ずっと馬に乗り調教してきました。しかも息子のシモーネも調教師免許を取得しようとしています」とファビオ・ブロージ調教師は述べた。

ファビオ・ブロージ調教師に続いてルイジ・リカルディ調教師も
 ファビオ・ブルージ調教師は近頃リヨン地方に新しい調教センターを見つけ、数週間中にそこへ移る決心をした。同調教師は、「私は24馬房ある厩舎を借りる決心をしました(編集者注:正式な契約はまだされていない)。12月中旬にシャゼー=シュル=アンですべてが揃ったら、私は仔馬は本拠としているローマに残しますが、管理馬の大部分をフランスへ移すでしょう。私が管理馬を預かっている馬主の数人は、私のこの冒険を認めることにしました」と述べた。しかし、どうしてリヨンを選んだのだろう?1992年モルニー賞でザフォニック(Zafonic)の2着となったセクラージュ(Secrage)を管理したブロージ調教師は、「謙虚であり続けるべきであり、そのためにフランスの地方で事業を構えることにしたのです」とコメントし、「地理的な面でもリヨンを選ぶことは戦略的であり、ローマからも北イタリアからもそれほど離れていません。これから数週間において、私はすでに走る用意のできている馬を移動させようと思っています」と付言した。

 イタリア競馬はレベルの高い関係者(調教師、騎手)がいるにもかかわらず、強力な暴風雨に晒されている。フランスは最も近い避難所である。ファビオ・ブロージ調教師は出発する用意ができており、一方もう1人の調教師ルイジ・リカルディ(Luigi Riccardi)調教師もまた大半はローマに残すものの十数頭の管理馬を移動させることを決定している。そして数人のイタリア人騎手は、カーニュ=シュル=メールの冬開催に照準を定めている。
By Franco Raimondi
[Paris Turf 2008年11月4日「Un entraineur italien s'installe en France」]
(写真:左シモーネ・ブロージ氏、 右ファビオ・ブロージ調教師)

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ケネー牧場、2009年種付料を発表

 2008年ブリーダーズカップマイルの勝馬ゴルディコヴァ(Goldikova(Ire))の父アナバア(Anabaa)は、2009年もドーヴィルのケネー牧場(Haras du Quesnay)で繋養され、その種付料は3万ユーロ(約390万円)である。
 
 父がダンジグ(Danzig)で、母がゲイメセン(Gay Mecene)の牝馬バルボネラ(Balbonella (Fr))である16歳のアナバアは、9年間の種牡馬生活において輩出した出走馬745頭のうち482頭が勝馬であり、獲得賞金は4188万832ドル(約41億8800万円)である。今シーズンは11月4日現在まで、アナバアは3頭のチャンピオン馬、29頭の重賞勝馬、60頭の特別競走勝馬を輩出している。

 ゴルディコヴァは、ブリーダーズカップマイルに優勝するという爆発的な活躍をみせ、欧州のトップのマイル馬としての信用を強固なものとした。同馬は今シーズン、7回出走したうち4回勝利し、その中にはムーランドロンシャン賞(G1)、ロッチルド賞(G1)の優勝が含まれている。

 ケネー牧場の他の種牡馬には、種付料が公表されてないベーリング(Bering (GB))、種付料5000ユーロ(約65万円)のゴールドアウェイ(Gold Away (Ire))、種付料3000ユーロ(約39万円)のケンタッキーダイナマイト(Kentucky Dynamite)、種付料4000ユーロ(約52万円)のニュメラス(Numerous)、種付料5000ユーロ(約65万円)のパニス(Panis)がいる。
(1ユーロ=約130円)
(1ドル=約100円)
[thoroughbredtimes.com 2008年11月5日「Haras du Quesnay releases 2009 stud fees」]
(写真はアナバア)

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