フランスギャロの経営陣はどうなるのか?
フランスギャロ内部では、数ヵ月前より雲行きが怪しくなっていた。匿名の手紙、労働組合の意見表明、ほぼ決定しているティエリー・ドゥレーグ(Thierry Delègue)氏の辞任が、フランスギャロという小世界でこのところ語られて来た話題である。
エドゥアール・ド・ロッチルド(Edouard de Rothschild)会長は、沈黙を破り、先週中頃に配布された3枚からなる匿名の手紙を問題として取り上げた。
ルイ・ロマネ(Louis Romanet)氏の後継者就任が難航したことが知られているフランスギャロ内部にとって2008年は記念すべき年ではないだろう。ロマネ氏と6ヵ月に渡る引き継ぎをしたにもかかわらず、エマニュエル・ブール=ポワトリナル(Emmanuelle Bour-Poitrinal)氏は今年の6月にその職を投げだした。ロッチルド会長からも関係者からも全く辞任の深い理由についての説明はなく、以前国立種馬場事務総長であったブール=ポワトリナル氏は、短期間をもって組織を離れた。「連合体制の型にはまることの難しさ」が非難する人々の間では囁かれており、競馬界の特性に通じていなかったブール=ポワトリナル氏にとっては明らかなことであった。それに対して、ブール=ポワトリナル氏と学生時代から一緒に昇進して来たドゥレーグ氏は、競馬界のことはよく知っており、適所にいた。
初めブール=ポワトリナル氏に気に入られてなかったドゥレーグ氏は、初夏に経営陣の仕切り直しが行われたとき、解任されることはなかった。その時には事務総長の役職は、すでに2007年にロマネ氏の後継者選びの際に意向を打診されていたものの、当時自由の身でなかったユベール・モンザ(Hubert Monzat)氏に巡って来た。それゆえ、フランスギャロの上層部は、主意主義のロッチルド会長、政治に熟練したモンザ事務総長および技術を完全に通じているドゥレーグ事務総長補佐でバランスがとれると思われていた。 しかし、ロッチルド会長とドゥレーグ事務総長補佐 の信頼関係は、凱旋門賞開催の日曜日にアベイ・ド・ロンシャン賞で生じた発馬機の問題が起爆剤となり、危機的状況が生じ、失墜した。
現在、ドゥレーグ氏は11月24日付けの辞表をフランスギャロの取締役会に提出して辞任するところである。この協力体制の終了が示談で交渉されるか、労働委員が関わるかは今後わかるだろう。両者間では現在のところ明らかに金銭問題についての段階には至っていない。
そのような状態の中で匿名の手紙が動揺、いらだちおよび冷笑を引き起こした。このパンフレットはロッチルド会長を名指しにし、同会長がPMU会長ベルトラン・ベランギエ(Bertrand Bélinguier )氏との間で持つであろう深刻な衝突、同会長がドミニク・ド・ベレーグ(Dominique de Bellaigue)氏と繋駕競走を軽視していることを考察し、経営手法を非難し同会長を動揺させることを狙いとしている。火に油が注がれ、手紙はロッチルド会長が地方の競馬場50場あまりをリストから消すことを望んでいるという噂についても言及している。
By Francois Hallopé
[Paris Turf 2008年11月21日「Quelle direction pour France Galop ?」]
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)





最近のコメント